YEC TOURING REPORT 伊豆下田 (第3話)
他にも数名到着して宿泊者が全員揃ったようなので6時頃から夕食になった。キッチン横の食堂で我々はテーブル席に四日市から来た夫婦と6人で食事をご一緒されて頂いた。 タンデムで来たそうで四日市は三重県でも愛知に近いので名古屋弁のイメージがあったが、実際に話している言葉はほとんど関西弁でその中でも大阪弁に近い言葉だそうだ。最初にマスター自慢の虹鱒と猪肉の燻製のオードブルとウェルカム地ビールで乾杯をした。
一気に飲んでしまっても2杯目はダメらしい、隣に座った四日市の旦那さんが教えてくれた。基本的にアルコールは持参するルールを把握しているその旦那はロング缶を手に持って食堂に現れた。ここはマスターに交渉して350mlの缶ビールを4本だけ分けてもらった。
メインは猪鍋であるが、この価格で夕食に出してくれるのは地元の猟師さんからマスターが骨付きで買い上げて自身で捌いているからだそうだ。この辺もまさにこだわり感たっぷりであるが、それでも頑固おやじという風でもなく、気さくなマスターである。本業はレザークラフト職人で鞄や小物を製造販売しているらしい。最後は雑炊にして食べたが、ボリームがあるので皆で食べても全部は食べきれなかった。
食後は一階の暖炉の前のテーブルを囲んで宿泊者同志でのミーティングを開いた。食堂では人数的に一緒のテーブルではなかったが、向かい側に泊まる4人組は神戸から来たらしく、4人中3人は地元のメーカーであるカワサキオーナーらしい。1人だけホンダ車に乗っている一番若い人がホンダということにいろいろと詰られていた。他には静岡から来たという二十代の兄さん二人組とすぐそばで寝ている古株の常連さんは連泊しているらしく、夕食のメニューも我々とは違ったものを食べていた。
各地のライダー達と普段なかなか話す機会も無いのでいろいろな話題で盛り上がったが、最初に話題になったのはすぐそばに展示しているRC30のことであった。筆者も昔このレプリカであるNC30を10年くらい乗っていたのでその乗り味やVエンジンの独特なエンジン音は忘れられない、神戸組にも同様に所有していた方がいてコーナーの立ち上がりでのトルクは抜群だった話で盛り上がった。その方はバイクに詳しくて話し上手なので筆者の乗っているS1000RRについてもいろいろと質問してくれるので乗せられて昨年の自身事故で骨折したことや喫煙から狭心症になって苦しい思いをした経験から禁煙を勧めてみた。
年下のライダー仲間達に年長者として少しでもためになる話ができたかは定かではないが、 旅先でおじさんがこんなことを言っていたと思い出すことがあれば、それで良いと思う。
以前から機会があれば兵庫の方に聞いてみたかったことがあり、神戸在住の彼らに関西弁という括りでも神戸(兵庫)と大阪では方言の違いがあって当然なのだが、以前に兵庫出身のタレントが大阪では“アホ”と言うのを兵庫では“ダボ”と言って相手にされなかったが、本当にそれは兵庫の方言なのかを聞いてみたら、アホの最上級表現として使用しているらしい。また言われると悪意を込めた言い回しなので結構傷つくらしく、関西人が関東人からバカと言われると傷つくのと同じだそうだ。大阪では親しみを込めた“アポ”が一般的でソフトな感じらしい。因みに筆者の故郷の会津弁では“おんつぁ”と言うが、傷つけるような厳しい表現ではない。
ここに集まっている彼らはほとんど常連のリピーターらしくルールを把握していてアルコールは少量でも持参していた。少しだけ御相伴にあずかって酒とつまみを頂いて楽しい時間を過ごせた。シャイな我がクラブのメンバーは誰も参加しなかったのが筆者としては残念であったが、アルコールがなかったのでやむを得ないところか。 楽しい時間を過ごしていると消灯の22時を遥かに超えて23時になった頃、マスターから消灯の指示があったので各自寝床についた。
走行距離273KM